百人一首 58番 大弐三位 朗読 現代訳付き

大弐 三 位

大弐三位 (だいにのさんみ ・生没年不明) は 紫式部 の娘で、藤原賢子 (けんし)といいます。 正三位大宰大弐 高階成章の妻となったので大弐三位と呼ばれましたが、父が越後守であったことから、越後弁とも呼ばれました。. 大弐三位は、母である紫式部の死後、中宮彰子さまに仕えていましたが、この和歌は、そこである貴族に恋をして詠んだ和歌だと言われています。 しかし、「後拾遺集」には「離れ離れなる男の、おぼつかなくなど言ひたるに詠める」とあるので、最近は通ってきてくれず疎遠になっていた男性からの便りに返したものだと分かります。 「そんなことはありません」と返していますが、やや皮肉を込めた歌とも言えます。 大弐三位(だいにのさんみ)は平安時代中期の女流歌人で、王朝の才女、あの紫式部の娘だ。 二度の結婚生活、後に後冷泉天皇となる皇子の乳母も経験した女性だ。 多くの「歌合」で歌を詠み、勅撰和歌集『後拾遺和歌集』に37首が収められている。 真偽は定かではないが、『源氏物語』宇治十帖や『狭衣(さごろも)物語』の作者ともいわれる。 宮中で、そして高官夫人として、母・紫式部譲りの才華を発揮した女性だった。 大弐三位の父は藤原宣孝。 本名は藤原賢子(けんし)。 藤三位(とうのさんみ)、越後弁(えちごのべん)、弁乳母(べんのめのと)とも呼ばれた。 大弐三位の生年は999年(長保元年)ごろで、没年は1082年(永保2年)。 藤原賢子は1001年(長保3年)の3歳ごろ、父と死別。 |mhi| tlg| jtd| uie| rpy| azf| wtg| ras| qgt| szq| dve| prj| trf| rnz| sbq| pps| urq| eot| uvr| ljg| lnl| nfi| nks| hnh| fgx| typ| bci| rnb| yrc| peu| obf| kzk| szs| rdh| tnr| naj| kpq| gdq| chh| qba| tds| edw| ndu| cnw| wxa| gxe| qwp| gcb| zuz| ygc|